Lost Knight
〜迷子の騎士〜
怖くない、と言ったら嘘になる。
怖くて、怖くて仕方がない。
それでも、進まなければならないのだ。
それでも、戦わなければならないのだ。
それが、どんなに辛い道であったとしても。
そのために、あたしはここに来たのだから。
「誰だ」
扉を開けると、静かに問う声が聞こえた。
思わず息を飲む。
「あ、あたしは」
ミナミだ、と言う前に静かな声が
「ミナミ?」
と言った。
そうだよ、と言いたかったが、声が出ない。
唇が震えるだけで声を発してくれない。
そうだよ。あたしは、ミナミだよ。帰ってきたよ。
「ミナミ。こっちへおいで」
優しい声がする。懐かしさがこみ上げてきて不覚にも涙が出そうになった。
ゆっくりベッドのあるほうへと近づいていく。
静かにベッドの傍らに跪き、そこにいる女の人の顔をのぞく。
痩せた頬に短い黒い髪がかかっている。
青白い顔の左半分には何かの模様のような気味の悪い色のあざがある。
そのあざにそっと手をのばすと、ふれる前に細い腕に優しく包み込まれた。
「これは、呪われた印。こんなものに触れる必要はない」
しかし、ミナミは反対の手をのばし、あざのある頬にそっと触れた。
あざは冷たかった。まるで死人の頬のような冷たさだった。
あざに触れているミナミの手の上を温かい滴が流れ落ちた。
「…ありがとう」
「え?」
礼を述べられ、戸惑う。
「帰ってきてくれて、ありがとう。心から嬉しく思う」
簡潔極まりない言葉だったが、それで充分だったのだと思う。
「うん」
頷くと、やっと実感が湧いてきた。
あたしは、ここへ来たんじゃないんだ。帰ってきたんだ。
「ミナミ。お前がこれから歩くのは辛い道だ」
母の声が室内に響く。
「けれど、支える者がいる限り、諦めることは許されない」
「…うん」
「諦めるな。何があっても」
強い母の言葉にミナミはしっかりと頷いた。
母、ナプレの部屋を出ると、困った顔の一同が待っていた。
「あ、お帰り。感動の再会はすんだ?大泣きした?目が真っ赤だよ。
しかも、鼻水まで出てる。わー、汚い」
「嘘つくなよ。泣いてねぇし」
ユウヤの嘘を軽く受け流し、みんなの顔を見回す。
「なんかあったのか?」
ミナミが問うと、ルーシャが眉根を寄せて答えた。
「えぇ。アスナから使いの者が来ました」
「…それで?」
「我らの統率者が帰ってきた、と。参戦を申し込みたいそうです。
なので、十日後にこちらの方で会談を開くことになりました」
十日後か、と小さく呟いた。
「あなたがいない間に勝手に決めてしまってごめんなさいね、ミナミ」
アリーナが申し訳なさそうに言う。
「いや、大丈夫」
しかし、十日後とは急だ、と思った。
まだアスナの能力者も帰ってきたばかりで混乱しているのではないのだろうか。
「その会談には、あたしも出席するのか?」
「えぇ。もちろん。あちらの者も連れてくるそうだから」
「とにかく、急がなければなりません。参戦することが決定してしまえば、
ミナミの能力も取り戻さなければなりませんし。訓練も積まねばなりません。
厳しいかもしれませんが、耐えてくださいね、ミナミ」
ルーシャが心配そうに言う。ルーシャの優しい心遣いが嬉しかった。
ルーシャの頭に両手を置き、ぐしゃぐしゃとかきまわす。
何が起こったのか、理解していないような顔でルーシャがミナミを見上げる。
きょとんとした顔に優しく笑いかけてみる。
「大丈夫。ありがと、ルーシャ。あたし、体力と根性だけは誰よりもあるから」
はい、とくすぐったそうにルーシャが笑う。
そこへ、急にばたばたと足音が近づいてきた。
「る、ルーシャ様!アリーナ様!ミナミ様!」
ローグの声が廊下に響く。ひどく慌てた様子でこちらに向かってきている。
「た、大変です。アイリス様が」
激しく走ってきたわりには、汗もかいていないし呼吸も乱れてはいなかった。
しかし、慌てていて、うまくしゃべれていない。
「ローグ、落ち着いて。何があったの」
アリーナがローグの背中を思い切り叩く。
バシン、と痛そうな音がしてローグはつっかえがとれたように早口で話し出した。
「アイリス様が、どうも兵のテントに乗り込んで暴れているそうです」
「どうして」
さして、驚いた様子もなく、冷静にアリーナが聞き返す。
「わかりません。ただ、少し安定していたので散歩にでも、とウィゼが提案して、
その後部屋へ戻ってこられたかと思うと、『気に入らない』と呟いて
《雷鶯》をつかんで走っていかれました…」
しょんぼりと肩を落とすローグの姿はまるで母親に叱られた子供のようだった。
「あの子、武器まで持っていったのね」
「申し訳ありません、止めることができなくて…」
ローグが頭が膝につきそうなくらい体を折り曲げる。
その姿になんとなくむかついたので、思いっきり殴った。
「なっ…ミナミ様?!」
驚いた顔でバッと身を起こすローグ。その顔にビンタをもう一発。
「ちょっと、何してんのさ」
ユウヤが慌ててミナミを止めにはいる。
他のみんなも呆然としている。
しかし、ミナミはローグだけを睨みつけ、口を開いた。
「あのさ、別にさ、誰もあんた責めちゃないだろ。情けないから、やめろよ。
おっきい男の子が今にも泣きそうな顔で謝るもんじゃないだろ。
慌てたり、謝ったりする前に落ち着いて、冷静にあたしたちをアイリスのとこに
案内してくれればいいだろ。みっともないよ、そういうの」
はたかれた頬を押さえて、呆気にとられていたローグだが、ミナミの言葉に
くすり、と小さく笑みをもらした。
「…はい。申し訳ございません。ありがとうございます、ミナミ様」
「わかればよしっ。早く案内するっ」
「はい」
ミナミの言葉に素直に従い、こちらです、とみんなを誘導する。
急ぎ足でテントへと向かうなか、ルーシャがそっとミナミに呟いた。
「ありがとうございます、ミナミ」
礼を言われることが思い当たらなかったので、首を傾げてルーシャを見る。
ルーシャは嬉しそうに笑って、先頭を行くローグの背中をちらりと見やる。
「ローグは、パニック体質な上に、自分が居合わせたトラブルは必ず自分の
所為にしてしまうんです。普段は冷静なんですけど、一度パニックになると、
止まらなくなってしまうみたいで。ミナミがローグを叩いてくれて、助かりました」
「そうなんだ。じゃあ、ローグがパニックになったらいつでも叩いてやるよ」
「お願いします」
おどけて頭を下げるルーシャにミナミもおどけて、おまかせください、と答える。
テントに着くと思ったよりも静かだった。
中にそっと足を踏み入れてみると小さな女の子がキガの前でうなだれていた。
その細い肩がわずかだが震えている。
キガはミナミたちをみとめると、おうと片手をあげた。
そして、困ったように女の子を見やる。どう対処していいかわからないのだろう。
テントの中はぐちゃぐちゃで、まるでここだけ嵐に襲われたかのようだった。
他の男たちは、キガと女の子を遠巻きにし、ひそひそと囁きあっているだけだ。
「キガ、何があったんだ?」
ミナミが最初に口を開いた。
すると、それに女の子が反応して、バッとこちらを振り返った。
綺麗な金色の髪がさらさらとひるがえる。
女の子の健康的にやけた小麦色の頬には涙の跡が幾筋もついていた。
意志の強そうな瞳に憎しみを燃やしながらミナミを睨む。
細い手に握られた、金色の槍をミナミに向ける。
「お前が、炎の能力者、ミナミ・ディーパン?」
ひとつづつ、ゆっくりと区切って聞く。
その幼い声と容姿に不釣り合いな大人びた口調だった。
「そうだけど。あんたは、『アイリス』?」
「気安く呼ぶな」
バチっと、アイリスの細い体の周りに薄い電気のような膜ができる。
「お前なんかが、アタシの名前を気安く呼ぶなっ」
膜がどんどん膨張していく。今にも爆発しそうな勢いだ。
「なんでだよ。なんでなんだよ。アタシがいくら頑張ったって、誰も認めてくれない。
それなのに、帰ってきて全部忘れててなんの役にも立たないお前が。
武術だって、能力だって。なんにもできないくせに。なんでこいつが…」
くしゃっと小さく整った顔が歪む。目に涙が盛り上がる。
とてつもなく、嫌な予感がした。
「なんでみんな、こいつばっかり認めるんだよぉ!!!!」
バチバチっと不吉な音がして、続いて雷が落ちたときのような大きな音がした。
視界が真っ白になったかと思うと体が後ろにふっとんでいた。
けれど衝撃はなかった。体がなにかに包まれているような感覚があった。
しばらくして、恐る恐る目を開けるとユウヤの顔が目の前にあった。
「……いってぇ。あ、平気?ちなみに俺は微妙だよ。
なんか、君を庇ったばっかりにちょっとばかり擦り傷ができたみたいだよ」
「なんだそれ。嫌味か」
「助けてもらったのに、お礼も言えないわけ。でもまぁ、俺も君に助けられたし」
「は?」
意味がわからずにユウヤの顔を怪訝そうに見ていると、ユウヤがおもしろそうに
ミナミの周りを見渡す。
「なんだ。すごいじゃん。なかなかの防御壁だよ、これ」
「え?」
ユウヤにならい、周りを見てみると赤くて薄い壁のようなものが二人を囲んでいた。
「なんだ、これ」
触ろうとすると、ぐにゃりと歪み、じゅっという音をたてて消えてしまった。
「防御壁だよ。無意識だろうけど、君が作った炎の膜」
「あたしが作ったのか?」
「他に炎の壁なんて誰が作るんだよ」
ユウヤが立ち上がって埃を叩いておとす。
よく見れば、膝の辺や腕の辺りが所々服がすり切れ、血が滲んでいる。
とっさに自分を庇ったためにできた傷なのだろう。
いくら、無意識にミナミが防御壁を作ったとはいえあれだけの爆発だったのだ。
軽傷ですんではいるが、かなりの危険を承知で自分を庇ったのだろう。
「ユウヤ」
ん?と顔を上げ、こちらを向く。こちらを見られると言いにくくなるのだが顔に出さず、
「庇ってくれてありがと」
ユウヤは少し驚いた顔をしたが、意地悪そうにニッと笑った。
「いいえー。どーいたしましてー」
妙に間延びした返事をし、ニヤニヤする。
若干むかついたが、助けてもらったので文句はやめておいた。
「ミナミ!」
爆発で、割と遠くに飛ばされたのだろう。
少し離れた場所からルーシャとアリーナが駆け寄ってくる。
そのすぐ後ろをローグとナータ、ウィゼが追ってくる。
ルーシャは駆け寄ってくるなり、ミナミに飛びついた。
「ミナミ!よかった。ご無事で。お怪我はありませんか?
ミナミはまだ、防御壁ができないからきっとまともに受けてしまったのではないか
と思って心配してたんです…っ。ホントに無事でよかった…っ」
細い体をよろめきながらもなんとか受け止めて、安心させるように背中を叩いた。
「平気。心配してくれてありがとう」
それでも、ルーシャが離れてくれないのでしばらくそのままにすることにした。
「よかった。ミナミ。無事で何よりだわ。でも、よくあの爆発で無傷だったわね」
アリーナがほっとした顔で言う。
「うん。なんか、ユウヤが庇ってくれたし。それに防御壁ってのもできたみたいだし」
「えっ」「本当ですか!?」
アリーナが驚き、ルーシャがバッと身を離し嬉しそうに笑う。
「驚いた。教えてもないのにできるなんて」
アリーナが興奮したように言う。
「防御壁はわりと高度なのよ。ミナミ、きっと優秀な能力者になるわ」
しごきがいがあるわ、と魅力的に笑うアリーナ。正直ゾッとした。
「それよりさ、アイリスは?」
ミナミが問うと、ウィゼがミナミの前まで出てきて頭を下げた。
「ごめんね、ミナミさん。アイリスはこうやって癇癪を起こすことがよくあるんだ。
でも、勘違いはしないでほしい。アイリスはすごく素直でいい子なんだ。
こうやって理不尽な八つ当たりでしか、自分を守ることを知らないだけで」
必死に説明するウィゼの姿に少し笑みがこぼれた。
なんだ。認めてくれる奴、いるじゃんか。
「うん。わかってる。だから、アイリスが今どこにいるのか教えて」
笑みを浮かべて言うと少しほっとした顔になったが、また不安そうな表情に戻る。
「それが…。たぶん、アイリスは森に逃げたんだと思う」
ウィゼが複雑な表情を浮かべながら言う。
「わかった。じゃあ、あたしが探しに行ってくる」
「!で、でも、ミナミさん。その森は危険なんだよっ。迂闊に入っちゃだめなんだ」
「じゃあ、なおさらすぐにでもアイリス探さなきゃ。危ないんだろ?」
そうだけど…。と俯くウィゼ。何がそんなに心配なのだろう。
「あそこには、亡霊がいるって言われてるんだ」
ぽそっとウィゼが呟いた。亡霊?
「あそこには、風神、雷神、水神、炎神が住んでいて、それを人間が滅ぼした。
神々の憎しみが亡霊を生み、森に入った者は残酷な死に方をするんだ」
唇をかんで、拳を握りしめて説明する。
「アイリスは、そこの亡霊を倒したら認めてもらえると思ってるんだ。危険なのに」
今にも泣き出しそうな表情を浮かべるウィゼを見て、もったいないな、と感じた。
アイリスのことをこんなにも大切に思ってくれている人がいるのに。
認めてもらうとか、そんなことばっかり考えていて、周りに心配ばかりかけて。
もったいない。身近に、認めてくれてる人間がいるのに気づかないなんて。
「うん。わかった。じゃあ、アイリスを助けにいく」
「君、話聞いてなかったの?危険なんだよ」
ユウヤが少し声を荒げる。
「わかったってば。でも、あたし、アイリスを助けに行ってくるよ。
それと、他の人は絶対についてこないでほしい」
「ミナミっ」
ユウヤがミナミの肩を乱暴に掴んで揺する。
「何馬鹿なこと言ってんだよ。全然わかってないっ。命の危険だってあるんだ。
アイリス様じゃないけど、武術も能力もろくに使えない君が出る幕じゃないっ」
初めて名前呼ばれたな、しかも呼び捨てかよ、とどうでもいいことを考えつつ、
ユウヤの手を肩から払う。不愉快と、心配と不安がごちゃまぜになっているユウヤ
の顔を見、それから不安そうなみんなの顔を見渡し、ニッと笑う。
「これはさ、あたしとアイリスの『喧嘩』なんだよ。
喧嘩に部外者が首つっこんでくるのはルール違反だ。
この喧嘩は、あたしとアイリスで決着つけなきゃ駄目なんだ。
だから、危険だろうとなんだろうとあたしは一人で森に行く」
アイリスに、教えてやらなきゃならないことがある。
認めてもらおうと努力するのはいいことだけど、それで周りが見えなくなってしまっ
ては意味がないのだ。
自分を大切にしてくれている人のことをもっと知っておくべきなのだ。
「どうしても、行くのね?」
アリーナがゆったりとした口調で聞く。
首を縦に振ると、ふぅっと大きなため息をついて、アリーナはナータに何か命じた。
「ナータ、急いで《炎麟》を持ってきて」
こくん、と頷くとナータは驚くほどの速さで視界から消えていった。
「ミナミ、あなたに正式に武器を渡すわ。名は《炎麟》。剣よ」
いつの間にか、ナータが戻ってきていた。
ありえない速さなのに、呼吸の乱れもない。
そして、その手には細身の剣が握られている。
綺麗な装飾が施されていて、柄の部分には真っ赤な玉が埋め込まれている。
ナータが両手で掲げ、ミナミへと手渡す。
不思議と重いとは思わなかった。剣を抜いてみると、手によくなじんでいた。
「ミナミ、くれぐれも気をつけて。危ないと思ったらすぐに逃げなさい」
「りょーかい」
「ミナミ」
ルーシャが泣きそうな顔で上目遣いのこちらを見上げている。
と、思ったらまた飛びつかれた。
「絶対に。絶対に、帰ってきてください。約束です」
「うん。わかった。そんなに危ないこと、しないって」
苦笑しつつ、優しくルーシャを離す。
「アイリス連れて戻るだけ。亡霊とか出てきても、戦いはできるだけ避ける」
それでも心配そうなルーシャに笑いかけて、
「それじゃ、行って来る」
と言って歩き出そうとすると、ユウヤに呼び止められた。
「道、わかんないだろ」
指摘され、あ、と声をもらす。そういえば道がさっぱりわからない。
ユウヤが呆れたような、馬鹿にしたような目でこっちを見、ミナミの隣に並ぶ。
「森の手前まで、俺が道案内するよ。君だけだと永遠に辿り着けそうにないしね」
「ん。そりゃどーも」
他のみんなに手を振って、二人並んで歩き出す。
あの子に、教えてあげよう。
自分を大切にしてくれてる人のこと。認めてくれてる人のこと。
たった一人でも、そんな人がいるんだって。
だから、一緒に歩いていこうって。
ゆっくりでいい。たくさんの人に認めてもらうのなんて。
認めてもらえるまで、一緒にやっていこうって。
仲間なんだから。
はっはっっははっはっはっははっっはっはっっっははははっはは。(錯乱中
久々です。っていうか、アップするたびに久々です。
なんか、ひっぱるなぁ。この話。戦いのとこまでもっていくのに何年かかるやら。
ホントに毎回駄文ですなぁ。はっはっっはっっはははっはっははは。(故障中
でも、今回のお話は自分的にはとても書きたい場面な訳ですよ。
喧嘩系大好き。でも、文が駄目駄目だから全くいいものにならない。
ホントにもう、死んじゃえよ、わたし。
しかも今回妙に長い!なんか、懺悔することがありすぎる……。
まぁ、まだまだ(え)お付き合いいただけると嬉しいです。(イヤダ